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戸隠高原の森と植物




5月末に、少し遠出してハイキングに出かけてきた。場所は戸隠高原。ここは高原の南東に位置する第四紀火山の飯綱山と北西に位置する戸隠山の間に開けた海抜1200~1300mほどの平坦地で、地形的には2つの山の扇状地および火山である飯縄山からの岩屑なだれ堆積物によって構成されている。



硯石から見た北アルプス。 右側から白馬鑓ヶ岳、唐松岳、五竜岳、鹿島槍ヶ岳の眺望。残雪が多い。



小鳥ヶ池~鏡池間のカラマツ植林。この辺りは岩屑なだれの堆積物に被われ、なだらかな起伏のある地形である。



小鳥ヶ池~鏡池間の森林。ミズナラとウラジロモミが多い。



マイズルソウ(キジカクシ科スズラン亜科)の白い花が咲いていた。左下はウラジロモミの実生。



ユキノシタ科のズダヤクシュも花盛りだった。ズダヤクシュは日本のブナ帯や亜高山帯では比較的、普通な植物だが、アジアには1種ズダヤクシュだけが日本からヒマラヤにかけて分布するだけである。北米に同属の4種があり、植物地理学的に興味深い植物である。近年の研究によればチャルメルソウ属に近縁であるという。

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花は小さいがよく見ると美しい。

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鏡池(人造湖)から見た戸隠連峰の険しい山容。山体は浸食に対して強い安山岩火砕岩類で構成され、氷食地形も確認されている。



鏡池から戸隠神社の奥社にかけての道は、緩傾斜の扇状地が広がり、滞水した場所も多く、ハンノキ林など湿生の植物群落がみられる、



ニリンソウ(キンポウゲ科)が花盛りだった。



ムラサキ科のタチカメバソウの花も満開であった。



花序は先端が丸く曲がり、ムラサキ科に多いサソリ形花序(巻散形花序)となる。



渓流沿いにはオクヤマガラシ(アブラナ科)も花を咲かせていた。丸みを帯びた小葉に分かれた葉が特徴的である。



クルマバツクバネソウ(シュロソウ科)の花。ツクバネソウの花に似ているが、子房が開花時から黒色であること、よく見ると4枚の披針形をした外花被片の間に、細長い線状の内花被片がある。



メギ科のルイヨウボタンの花。メギ科にはトガクシソウ属、ナンブソウ属、ルイヨウボタン属、サンカヨウ属など、少数種からなる遺存的な草本性の属が多く含まれる。トガクシソウ(日本固有属固有種)以外は、東アジアと北米の温帯に隔離分布を示す。ルイヨウボタン属も、アジアにルイヨウボタン1種が分布するほか、北米東部に2種がある。



ルイヨウボタンの花の拡大。花びらのように見えるのはがく片(内がく片)で、その内側にイチョウの葉のような形をした小さな花弁が6枚、着いている。花弁は蜜腺に変化している。開花後、雌しべは種子と分離、脱落してしまい、2個の球形の種子が裸出するという変わった性質がある。



戸隠神社奥社参道の随神門。300年あまり前の建立で、明治時代初期まで神仏習合の時代には、仁王門であった。



屋根の上には、オシダ?などのシダ植物やサワグルミ、イタヤカエデなどのカエデなど様々な植物が生育していて面白い。平成19年に屋根を葺き替えたようなので、15年間で成長した植物ということになる。空中湿度の高さが伺える。



奥社参道両側のスギ並木。400年ほど前に植えられたものと伝えられている。杉並木の周囲には、ウラジロモミやハルニレ、シナノキ、ミズナラ、ブナなどが混じる自然性の高い森林が51ha残され、長野県の天然記念物に指定されている。



近年、行われたスギの遺伝学的調査(木村ほか2013)によれば、戸隠神社のスギ集団は高い遺伝的な多様性を維持し、伏状更新によって再生したと考えられる個体や、挿し木苗由来と考えられる個体も見られた。自然再生と人為的植栽、および社叢として保護管理されてきた結果、スギの地域集団として遺伝的多様性が高く保たれており、遺伝資源としても重要であることがわかっている。



戸隠森林植物園内の森林。ハルニレやハンノキなどの森林が広がり、林床にはミズバショウが多い。



流路沿いにはリュウキンカ(キンポウゲ科)が多く咲いていた。



ヤマシャクヤク(ボタン科)の花。白い大型の花は野生の植物とは思えないほど華麗だ。

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ツゲ科のフッキソウの花。フッキソウ属も東アジアと北米に隔離分布する植物で、北米に1種、東アジアにフッキソウを含む2種がある。穂状花序の上部に多数の雄花を、下部に少数の雌花を着ける。写真に写っているのはほとんど雄花で、4本の太い雄しべの先に茶色のやくを着け、花粉を出しているのがわかる。花序の左奥に雌花の開いた柱頭がひとつだけ見えている。
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ヤセウツボの花と埃種子



4月の末、近くの公園の一角でハマウツボ科のヤセウツボOrobanche minor Sm.の花が咲いていた。原産地は地中海沿岸とされているが、世界中に広がっている帰化植物で、以前はそれほど見ない植物であったように思うが、最近はごく普通に見かける。葉緑体を持たない寄生植物で、この写真のようにクローバー(アカツメクサやシロツメクサ)に寄生しているのをよく見るが、タンポポなどのキク科の植物やセリ科の植物に寄生することもあるらしい。



穂状花序に二唇形をした花を多数、着ける。花茎を伸ばしながら、下から上に咲き上がっていく。花に柄は無い。



植物全体に白色の腺毛が多い。花冠は薄黄色で、紫色の筋が縦に走る。がく片は5裂し、中央の1片が幅広である。



花の拡大。2-3個の球形に分かれた紫色の柱頭が、花の入り口を塞いでいる。柱頭の表面には多数の乳状突起が発達して、花粉が付着しやすくなっている。また、腺毛の先端は球になり、ここに分泌細胞がある。油分(ヒドロキシ脂肪酸またはそのグリセリド誘導体)を分泌していることが知られているが、その役割は不明である。また、ヤセウツボの根からは、アルツハイマー症の予防・治療に役立つ可能性のある成分が見つかっている。



正面から見た花。柱頭が垂れ下がるようにして、花の入り口を塞いでいるので、柱頭に触れずに花奥に潜り込むのは難しそうである。



花冠の手前側の部分を取り去って、内部をみたところ。雄しべは4本あり、子房の左右に2本ずつ並んでつく。すでにやくは開いて、白い花粉が雌しべや雄しべの柄に付着している。雌しべは先端が下側に曲がり、花粉が付着しやすくなっている。花柱は比較的、太い。

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雄しべの基部は黄色を帯びた蜜腺となり、多量の蜜が溜まっている。雌しべの先端は3個の球に分かれていることがわかる。



根茎は丸い塊となっている。茎は中空である。茎の下部にある葉は幅広の鱗片状である。根は太い。写真では切れてしまっているが、根茎はアカツメクサの根と繋がっている。写真に写っている赤褐色をした丸い根はヤセウツボの根である。



5月中旬。大きなヤセウツボは高さ50cmほどにまで成長していた。まだ開花が続いているが、茎の下部の花は枯れて褐色になっていた。



萎れた花。雌しべも萎れて細くなっている。



萎れた花冠を取り去ると、子房が現れた。子房は周囲の花冠に密着するほど膨れていた。



子房を縦に割ると多数の細かな種子が詰まっているのが見える。楕円形をした種子の長径は0.3mmほどしかなく、埃種子(dust seed)と呼ばれるタイプの種子である。黄色の種子はまだ未熟で、成熟すると黒褐色となる。



未熟な種子の拡大。左側から台形状に延びた側膜胎座に、多くの種子が付いている。この段階では、種子は、外側を透明な粒状の種皮細胞によって被われ、クワの実のような形をしている。細胞は1層で、黄色を帯び、その中に見える白い球形の塊が種子の中心部で、胚が入っている。種子が成熟すると、表面にある透明細胞は乾燥してつぶれ、隣り合った細胞間の細胞壁だけが壁のように残り、種子の表面にハチの巣状の構造が形成される。写真下側の黒っぽい種子が、成熟しつつある種子である。



子房の横断面。4個の側膜胎座(白矢印)に多数の種子が付いている。種子の表面には、ハチの巣状の構造が発達しつつある。子房壁は2本の溝の部分で(赤矢印)で裂けて、種子を出す。



採取して10日間ほど放置しておいたら、子房の側面が2か所で裂けて、中から多数の種子がこぼれ落ちた。種子が付いていた側膜胎座もよく見える。



種子の拡大。種皮表面のハニカム構造がよく見える。また、種皮はやや褐色を帯びた透明であるため、裏から光を当てると内部が透けて見える。胚を含む種子の中心部は楕円形で、薄い風船状の種皮で周囲を包まれた形になっている。

寄生植物であるヤセウツボは単に葉緑体を持たないというだけでは無く、寄生植物特有の花や種子の形を持っている。まず、種子は埃種子と呼ばれる微小な種子で、ヤセウツボを含むハマウツボ科などの寄生植物やヒナノシャクジョウ科などの腐生植物(菌類に寄生する植物)、幼植物の生長に菌類との共生を必要とするラン科植物で広く見られるタイプの種子である。

ヤセウツボがどのようにしてアカツメクサなどの植物(宿主)に寄生するのか、そのプロセスは、最近の研究でかなり解明されている。ヤセウツボの種子は休眠性を持つが、適当な水分と温度があると休眠が解除される。その時に、種子の近くに宿主となる植物の根があると、根から分泌される発芽誘導物質を感知して発芽し、吸根と呼ばれる特殊な根を宿主の根に伸ばして内部に侵入し、宿主の根から養分や水分を奪って成長していく。しかし、この発芽誘導物質は土中で分解しやすく、またヤセウツボの種子は極めて小さく、吸根を伸ばせる範囲が限られるので、宿主の根はヤセウツボの種子の極めて近い場所(5mm以内と言われている)に存在しなければならない。ヤセウツボは、初期から宿主に頼って成長するので、胚乳や子葉に養分を蓄えておく必要は無く、種子は微小なものでよい。一方、散布された種子が宿主の根のすぐ近くに落ちる確率は極めて低いと考えられ、そのチャンスを掴むためには、大量の種子を広範囲に散布しなければならない。埃種子と呼ばれる微小な種子はこのような生態的条件を解決するための戦略として、寄生植物やラン科の植物で進化してきたものだと考えられている。

埃種子は、単に微小なだけでなく、形態的にも種子の散布力を高めるための性質が進化している。その一つが、ヤセウツボでも見られる種子表面のハチの巣状構造(ハニカム構造)である。この構造によって種子は表面積を増やし、種子が落下する際の空気抵抗を強くして、落下速度を低下させていると考えられている。極めてよく似た表面構造はハマウツボ科などの寄生植物だけでなく、ラン科、イチヤクソウ科、ツツジ科、モウセンゴケ科など微小な種子を作る植物で広く見られることから、様々な系統で並行的に進化してきたと考えられる。埃種子の中には、他の方法、例えば、ラン科のシランのように、小さな胚を、細長い捻じれたこよりのような種皮でくるむことで散布力を高めているものもある。

したがって、ヤセウツボの種子は基本的に風散布に適応した形をしているが、具体的にどのようにして散布されているかは、ほとんど調べられていない。土と一緒に動物に付着して運ばれたり、昆虫や小動物に食べられることで運ばれている可能性もある。

また、多数の種子を作ることにも生物学的な難点がある。種子は、原則として1個の花粉と1個の卵細胞の受精によって作られるものなので、多数の種子を作るためには多数の花粉を受粉し、その花粉管が卵細胞の所まで伸びていって受精しなければならない。ヤセウツボは主に自家受粉によって受精し種子を作っているとされるが、多数の花粉を受粉することが必要なことに変わりはない。やや小型の花であるにもかかわらず、表面に乳頭突起が発達した巨大な柱頭を持つのは、多数の花粉を受粉するためだろう。他の寄生植物や腐生植物、例えば同じハマウツボ科のナンバンギセルやツツジ科のギンリョウソウを見ても柱頭は巨大であることから、多くの寄生植物が巨大な柱頭を持つことがわかる。

一方、ラン科の植物は、多数の花粉をパッケージ化した花粉塊を、昆虫によって他の花に運ばせるという巧妙な受粉システムを進化させることでこの難点を克服したといえる。ラン科では、さらに雌しべと雄しべが合体して太いずい柱になることで、花粉管の伸びるスペースも十分に確保し、多数の花粉と卵細胞が受精することを可能にしている。

ヤセウツボは、主に自家受粉によって種子を作るとされているが、蜜腺があって多量の蜜を出していることからすると、昆虫によって他家受粉する可能性もありそうだ。自生地であるヨーロッパでは、時にハチによって訪花されていることが観察されている。

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コマユミの花の後を追うように、同属のマユミEuonymus sieboldianus Blumeの花が咲き始めた。この種は雌雄異株でこの株は雌株である。とてもたくさんの花を着けている。



雌花の花序。花序はコマユミと同じく二出集散花序だが、分枝を2、3回繰り返し、花数が多くなっている。



こちらは雄株の花で、花数は雌株よりも少ないように思える。



雌花の拡大。4個ある雄しべの柄は短く、黒紫色のやくは閉じたままで花粉を出さない。中央にある雌しべは長く伸びて、先端は雄しべよりも高い位置にある。雌しべの基部は円錐状に膨らんでいる。



上から見た雌花。がく片、花弁、雄しべが45度ずつずれて配列する整った放射相称花である。花盤や花弁の基部には蜜が光って見えている。



こちらは、雄花。雌花よりも花弁が細く長い。雄しべの柄は長く伸び、やくが裂けて黄色の花粉が出てきている。



雄花の中央部。蜜で濡れている。雌しべの基部はほとんど膨らまない。



雄花の蕾。蕾は小さなうちはがく片に包まれているが、大きくなってくると花弁に包まれる。



開き始めた雄花。雄しべのやくはまだ開いていない。


マユミの性表現については、雌花と雄花が別株に着くと書かれたものや、雄花を着ける株とと両性花を着ける株があると書かれたものがあり、情報が混乱している。これは、雄花も雌花それぞれに、少し形は異なるものの雄しべと雌しべの両者が着き、機能的に退化しているだけなので、混乱しているのだと思われる。また、雄花は通常、実らないが時に少数の果実を着けるものがあるようで、実態としても雌雄の分離が不完全であるらしい。
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コマユミの花

雑木林の林内で、ニシキギ科ニシキギ属のコマユミの花が咲いている。同種で、枝に翼が出るタイプのものをニシキギEuonymus alatus (Thunb.) Siebold と呼ぶが、分類学的にはこちらのほうが母種で、翼を持たないコマユミはその品種f. striatus (Thunb.) Makinoとして区別される。ニシキギはニシキギ属の基準種である。ニシキギ属は世界に約130種があるが、そのうち95種は東アジアにあり、日本には18種が自生する。両性花を着ける種が多いが、セイヨウマユミE. europaeus L.のように雌花と両性花を着ける種、マユミEuonymus sieboldianus Blumeのように雄花*と雌花を着ける種もある。セイヨウマユミはチャールズ・ダーウィンが雌雄異株性の進化を探る上での研究材料としたことでも知られている。小型の花は黄緑色であることが多く、様々なハエの仲間や一部の小型のハチによって送粉されるとされているが、送粉者については不明な点が多い。一部に、サワダツやムラサキマユミ、クロツリバナのように腐臭を放つ暗紫色の花を着ける種もあり、これらはキノコバエによって花粉が送粉されることが最近、明らかにされている。
*訂正:不完全で結実することもあるらしい



花が咲き初めたばかりのコマユミの枝。



近寄ってみると、花序は単純な二出集散花序で、この段階では各花序の中央の花だけが開いていた。



蕾の拡大。二出集散花序であることがよくわかる。中央の蕾は花弁が1枚取れてしまい、花の内部が見えている。がく片は小さく、蕾を包んで守る役割を果さず、蕾はほぼ完全に花弁によって包まれている。





開花直後と思われる花の拡大。4枚の花弁を持つ放射相称の両性花である。すでに雄しべのやくは開いて黄色い花粉が放出されている。一方、中央の雌しべはまだ短く、雄しべよりも低い位置にある。花盤はまだ平たい。雄しべの基部は丸く盛り上がり、その周囲には蜜腺が分布して、蜜が分泌され始めている。



開花後、やや時間を経過したと思われる花。雄しべのやくは、すでに1個が脱落しているが、雌しべはまだ短い。大量の蜜で花盤も花弁も被われ、輝いて見える。雄しべのやくは短命で、開花直後に開いて花粉を放出すると、おそらく当日のうちに分離脱落してしまうと思われる。すなわち、コマユミは雄性先熟で、この花は雄性期にあると考えられる。



開花を確認してから5日後に同じ木を見てみると、すでに多数の花が咲いていた。

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近寄ってみると、大部分の花はすでにやくを落としており、写真中、花粉を出している雄性期の花は赤丸で囲んだ2個のみであった。



やくを失った花の雌しべが、いつ頃から受粉可能になるのか、すなわち雌性期に移行するのか、正確にはわかっていない。この写真の花、特に中央の花は、花の中央が盛り上がり、雌しべも長くなっていることから、雌性期の花なのではないかと思われる。



さらに開花が進んだ状態の花。中央の花は、すでに花弁も落ちてしまい、蜜もほとんで出ていないように見える。雌しべの基部が盛り上がり始めているのは、子房が成長し始めたためだろう。左右の花は雌性期にある花であろう。花弁の裏側にまで蜜があふれ出ている。



開花して9日後に同じ木を見てみるとまだたくさんの花を着けていた。やくを持つ花は、やはり少数しか見られない。アリがたくさんやってきている。蜜を舐めるためだろう。蜜はやくを失ったのちも、かなり長い間、出続けるようだ。



雌しべの子房は4室にわかれ、成長に伴って4裂するが、全ての室に種子ができることは稀で、通常、1個の花に1-2個の種子しか実らないことが多い、熟すと果皮が割れて中から、オレンジ色の種衣に被われた種子が垂れ下がる。

コマユミの花は、開花後、まもなく花粉を放出したやくを分離脱落させてしまうことが特徴である。わざわざ離層を形成して落としてしまうのだから、はっきりした生態的な理由があるはずだ。植物の性表現は複雑で、その生態的意味についてもよくわからないことが多いが、花粉を放出したやくをすぐに落としてしまうのは、遺伝的な多様性を保つため、自家受粉を少しでも避けて他花受粉を促進しようとする工夫と考えることが出来る。

林内性の低木には、雄花と雌花が別株に着く性質、すなわち雌雄異株性を示す植物が多いことはよく知られている。これは、暗い林内で送粉者である昆虫を呼ぶためには、花が目立つよう多数の花をまとめて付けたほうがよいが、そうすると自家受粉の1種である隣花受粉(同一個体内の花によって受粉すること)が生じやすくなってしまう。これを避けるために雌雄異株性が進化しやすいと言われている。

コマユミは両性花を着け、雌雄異株性では無いが、まず花粉を出し、その後に花粉を受け取る雄性先熟性を示す植物である。花がこのような雌雄異熟性を示す場合、個体内での開花が同調していると、機能的に雌雄異株と同様の効果を持つことが期待される(異型異熟性と呼ばれている)。例えば、極端な場合として、個体内の全ての花が同調して開花し、開花期間の前半に雄、後半に雌として機能するのであれば、個体内で雄と雌が時間的に分離していることになり、自家受粉を完全に避け、他家受粉によって受精することが出来る。コマユミの場合、花の開花は個体内で完全に同調していたわけではないが、花単位で見れば、絶えず、雌性期にある花が多数を占め、雄性期にある花は少数しか見られないので、他家受粉を促進する効果があるのかもしれない。

ヒメキンセンカの花と実-3種類の奇妙なタネの謎-



自宅の前の路傍に、2月末頃からヒメキンセンカ(別名ホンキンセンカ Calendura arvensis L.)の花が咲いている。原産地は地中海沿岸であるが、現在は世界中の広い範囲に帰化している。日本の路傍で目立つようになったのは最近だが、園芸用に江戸時代末から導入されていたようで、牧野富太郎の植物図鑑にも載っている。インターネットで調べると、“冬知らず”という耐寒性の強い園芸品種が作られて広まったことが、近年、逸出が増えた原因ではないかと推定されていた。キク科の一年草または二年草(越年草)で、地中海沿岸ではブドウ園の小道や耕作地の路傍に生えているようだ。石灰岩地に多いと書かれているので、乾燥にはもともと強いのだろう。ちなみに属名のCalenduraはラテン語で毎月の初日を意味し、暦を意味する英語のcalendarと同じ語源である。一方、種小名のarvensisは耕作地を意味する。耕作地の周辺で長期間、咲いていることを示す学名である。



花はオレンジ色で、花序の中央部は明るい黄色を帯びて美しい。昆虫を呼ぶガイドマークになっているのかもしれない。



花序の中央には管状花があって花粉を出している。この管状花は不稔で実ることは無い。



花序の側面。花弁の先端には、はっきりとした3歯があり、整った形をしている。総苞には腺毛が密に生えている。総苞片の先端付近の毛は赤い。



管状花(上側)と舌状花(下側)。管状花は小型で長さ4mmほどしかないが、多数の花粉を出している。



舌状花の基部。先端が2本に裂けた雌しべが出ている。がく片の先端は糸状に裂けている。本種は自家受粉でも結実するとされている。



果実序に、形の異なる3種類(a、b、c)のタネ(植物形態学的には果実で、痩果または菊果と呼ぶ)を付ける。白く小さく見えているのは実らずに終わったc型の痩果であろう。また、花序の中央部には、管状花の不稔の子房が残されている。



3種類の果実の比較。左側からa型、b型、c型の痩果を示す。いずれの果実も、キク科の果実とは思えない奇妙な形をしている。a型の果実は最も大きくて、先端が長く伸びて曲がり、外側は稜となって竜の背中のような突起がある。b型の果実は側面が大きく丸い翼となって張り出し、風船のように膨らんでいる。c型の果実は最も小さく、環状に曲がって表面に粗いシワがある。ツヅラフジやハコベの種子に似た形である。



b型の果実を反対側からみたところ。中央は膨らんで黒褐色になっている。この部分に種子が入っている。



c型の果実の拡大。?マークのように曲がっている。この奇妙な果実の謎が解けるか?と問いかけているようである。

a型、b型、c型の果実は同一花序に着いている点が重要である。つまり、種内変異では無く、必ず3種類の果実を着けるのが種としての特性なのである。それぞれの中間的な形をした果実も一部に見られるが、3型の果実の形態は明瞭に異なっているので、何かはっきりとした理由があるはずだ。

ヒメキンセンカの果実の謎は、まだ具体的に解らないことが多いが、3種類の果実には、散布様式や発芽、実生の初期成長に違いがあることが調べられている(De Clavijo 2005)。散布様式について見ると、a型の果実は動物による付着散布、b型の果実は風散布、c型の果実は重力散布やアリ散布ではないかと考えられている。a型の果実のトゲはあまり鋭くなく、また先端の返しも付いていないので、付着力は弱そうだが、毛足の長い動物になら付着するかもしれない。b型の果実は、風で飛ばされそうだが、草丈が低いので空中を飛ぶよりは、地表面を転がって散布される可能性が高そうだ。乾燥地では、種子が風によって転がって散布される植物は普通に見られる。c型の果実は、そのまま親の植物体の近くに落ちそうだ。発芽率はa型が最も高く、c型が最も低かった。c型で発芽率が低いのは休眠状態にある種子が多い為かもしれない。さらに、a型の果実が最も大きいので、実生の初期成長は最もよいだろう。

このように、同一個体が形や機能の異なる複数のタイプの種子(キク科の場合は痩果)を着ける性質は、種子異型性と呼ばれている。種子異型性を示す植物の生態には特徴があり、かく乱跡地(路傍もこのような立地の1種である)に侵入する雑草や乾燥地帯の一年草に広く認められ、特にキク科やアカザ科、イネ科、アブラナ科の植物に多いとされている。ヒメキンセンカは、このような特徴によく当てはまる植物である。

異型種子を持つキク科の植物は、花序の中央にある管状花が、冠毛のある散布力の高い種子を着け、花序の周辺部にある舌状花が冠毛の無い、したがって親植物の近傍に落ちる種子を着けるものが多い。後者のほうが、種子の休眠性が高いことが多いようだ。このように散布力や休眠性の異なる複数のタイプの種子を作ることは、種子を空間的にも時間的にも広範囲に散布できることになり、子孫を残す可能性を高めると考えられている。かく乱跡地のような、空間的にも時間的にも不安定な立地に生育する一年草では、集団全体が絶滅することを避けるため、このような性質が進化しやすいと考えられている。

ヒメキンセンカは、分類学的にキク科の中のキク亜科・キンセンカ連というグループに属している。この連の植物は、痩果が得な形態となり、周辺花と中心花で形態が異なり、冠毛を欠くことで特徴づけられている。系統的な制約により、散布力の高い冠毛を持つ果実を作れないため、舌状花由来の果実が、長距離散布に適したa型とb型の果実と、親植物の近傍に散布されるc型の果実を作るように進化したのではないだろうか。2つのタイプでは無く、3つのタイプの果実を作る点がユニークだが、その理由は思いつかない。

De Clavijo, E. R. 2005. The reproductive strategies of the heterocarpic annual Calendula arvensis (Asteraceae). Acta Oecologica 28: 11-126.
プロフィール

Author:forestplant
博物館で植物系の学芸員をしていました。大きな樹や森が好きで、その生態について研究してきました。最近は、デジカメなどテクノロジーの進化によって、誰でも簡単に、様々な観察をして、わくわくするような発見をすることが可能となりました。そんな、植物観察の楽しさを発信していきたいと思います。
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